ウラナ占い

占いを求める気持ちについて考えてみました。

今や雑誌やテレビで占いを見ない日はありません。

 

テレビでも占いコーナーが設けられている番組があり、人はそれを見て
今日は良いことがありそうだとか、今日は気をつけなくてはと思い、
それほど強くは意識しなくてもそれをちょっとした気分の糧として生活するという
日常を繰り返しているは多くいると思います。

 

また、街頭では占いを専門とする人が多くの人を占っており、
そうした中でよく当たるといわれる人がテレビでも占っているのを見かけます。

 

人は何故こうも占いというものに引き付けられるのでしょうか。

 

占いと言っても極めて多くの種類があります。
古代からある占星術や手相、カード、水晶、筮竹を利用したもの、
その他現代ではありとあらゆるものが占いの手段として利用されています。

 

今、一番簡単、そして手軽に行える占いが
ウラナをはじめとする電話占いですね。

 

歴史的には遥か古において政治上の重要な事柄が占いをもとに決定されるなど、
占いが極めて大きな役割を担っていた時代があります。

 

自然界や人間世界が今ほど合理的に理解できなかった時代においては、
重要な決定をするときに自分以外の外部の何かを頼ろうとすることは大いに考えられることであり、
こうしたことを決定するための手段として神秘性を高めた占いが政治的に利用されるというのは当然な気もします。

 

これに対し、複雑化した現代社会に生きている私たちは仕事や人生、結婚、人間関係など
日々刻々と決断を迫られており、悩む事柄は極めて複雑かつ多岐にわたります。

 

決断をしなければならない事柄は古の人々の比ではありませんし、
全ての事柄が論理的、合理的に決断できるわけではもうとうありません。

 

悩みに悩んで日々決断を下しているのが現実です。
そうした時に他人に相談し、何らかの意見を求めたいという気持ちが起こるのは当然です。

 

こうしたところに占いというものが一定の役割を果たしている背景があると思います。
占いは合理的に考えれば根拠のないものですが、それが人生を良い方向に導いていく限りにおいて
利用価値はあります。

 

一部の占い利用者の中にはそれに浸かりきっている人もいるとは思いますが、
現実に占いを利用している人の大多数は日々の生活においてちょっとした気分の高揚を図るための手段として
占いを利用しているものと思います。要は占いに振り回されず占いを利用して積極的に人生を生きていくということが
大切だと思います。

 

人は人生において悩むものであり、更に複雑、かつ高度化していく現代社会において、
人が心の拠り所としてこうしたものを求める傾向は無くなることはないと思います。